Essay

ルシアの小さなお話 - 15

「東洋の百合」
- AZUCENA DEL ORIENTE -


22nd July,2003


 私の恩師の一人、エンリケ・サマニエゴが作ってくれた曲です。
 1984年から85年にかけて1年2ヶ月ほどパラグアイに滞在してエンリケからレッスンを受けていたとき、「ルシアのためにこんな曲を作ってみたよ」とこの曲を持ってきてくれました。なかなか曲名が決まらず、考えあぐねていたところ、それではみんなで考えようじゃないかということでクリスティーノの工房に集まることになりました。
 クリスティーノ・バエス・モンヘスとエンリケ・サマニエゴはあまり仲が良くなかったということは前回のエッセイに書きましたが、エンリケがクリスティーノの工房へやって来るなんてことは、日本的表現をすれば「赤い雪が降る」くらい常識では考えられないことだったそうです。その場に集まった面々は、クリスティーノ、エンリケのほかにテノール歌手のエミリオ・バエスケン、あと一人、パラグアイ音楽界の巨匠、アグスティン・バルボーサがいました。エンリケは私の名前から『YURIKO』にしようと言いましたが、コンサートで「・・では次の曲は『YURIKO』です・・・」とは気恥ずかしくて言えないですよ、と私は反対しました。

 最終的に名前から『百合=AZUCENA』を取って『東洋の百合』になりましたが、『AZUCENA DEL ORIENTE』のほかにもう1案『AZUCENA  ORIENTAL』が提案されてまた意見が交わされることになりました。
 偉大な名付け親たちに感謝です。



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